<観劇レポート>ハツビロコウ「野鴨」
もくじ
公演前情報
公演・観劇データ
団体名 | ハツビロコウ |
回 | ハツビロコウ #9 |
題 | 野鴨 |
脚本 | 作:ヘンリック・イプセン |
演出 | 演出/上演台本:松本 光生 |
日時場所 | 2020/03/24(火)~2020/03/29(日) シアター711(東京都) |
野鴨 | 演劇・ミュージカル等のクチコミ&チケット予約★CoRich舞台芸術!
団体の紹介
劇団ホームページにはこんな紹介があります。
ハツビロコウとは
2015年、演劇企画集団THE ガジラによる
年間ワークショップで出会った俳優たちが発足した演劇企画ユニット。
『俳優が、今一番気になることを、自らが主体となって発信する。』をコンセプトに、特定のプロデューサー、脚本家、演出家を置かず
松本光生を中心とした俳優たちが、公演毎にそれぞれ企画を持ち寄りその時々のテーマにより、表現方法から興行形態まで模索する
『俳優発信の演劇集団』である。
ハツビロコウ Hatsubirokou - hatsubirokou ページ!
事前に分かるストーリーは?
こんな記載を見つけました
これは 神々や英雄たちの物語ではないどこにでもいる誰かが ただ懸命に生きるということそれが こんなにも劇的なのだ
観劇のきっかけ
チラシが気になっての観劇です。
ネタバレしない程度の情報
観劇日時・上演時間・価格
観劇日時 | 2020年3月26日 19時00分〜 |
上演時間 | 125分(途中休憩なし) |
価格 | 3000円 全席自由 |
チケット購入方法
劇団ホームページのリンクから予約をしました。
当日受付で当日料金を支払いました。
客層・客席の様子
男女比は8:2くらい。年齢層は若干シニアな方が多い気がしましたが、基本幅広く、特定の傾向はありませんでした。
観劇初心者の方へ
観劇初心者でも、安心して観る事が出来る芝居です。
・シリアス
・会話劇
・考えさせる
・シンプル
観た直後のtweet
ハツビロコウ「野鴨」125分休無。
どストレートプレイ。久々に頭バットでぶん殴られたよな衝撃すごい。社会科の単語でしか知らんイプセン。こんな凄え本書くのか、訳が良いのか。善悪の物語ではなく、幻想の共有と、飼い慣らされる事と、理想は時に愚かだと言うことか。緻密な演技も凄い。超オススメ! pic.twitter.com/xajILaOkzq— てっくぱぱ (芝居好き) (@from_techpapa) March 26, 2020
映像化の情報
情報はありません。
満足度
(5/5点満点)
CoRich「観てきた」に投稿している個人的な満足度。公演登録がない場合も、同じ尺度で満足度を表現しています。
感想(ネタバレあり)
ストーリーは。
実業家を父に持つ、グレーゲルス。山の工場を任されて10年くらい町に戻らず働いて、戻ってきたら、父を取り巻く状況は大きく変わっていた。親友のヤルマールは(物語の途中で明らかになる事だけれど)父が追いかけ回していた女中、ギーナと結婚して、娘が出来ていた。親友の父エクダルは、かつてグレーゲルスの父で実業家・経営者のベルレと、無二の親友、ビジネスの盟友だったはずだが、何かの事件でエクダルが有罪になり、ベルレが無罪になった。それをきっかけに、エクダルはベルレから施しを受けて、息子のヤルマールと細々と生活するようになっていた。実のところ、ヤルマールも、結婚相手のギーナだけでなく、仕事の面でもベルレに全てを負うている生活だった。山の工場で(おそらく労働者に)理想を説いて、そして嫌われたグレーゲルス。その友人夫婦の貸している長屋に部屋を借りて生活を始める。理想を追い求めるグレーゲルスが話すことで、家族の関係が微妙に変わってくる。ヤルマールとギーナの間の娘は、実はベルレの子供である事が判明する。怒りに震え、娘にも怒りをぶつけるヤルマールは家を飛び出る。それを止めようと、娘のヘドビックは、大事にしている野鴨を差し出そうと考えるが、自決を選んでしまう・・・上手くまとめきれてない気がするが、大まかにはこんなお話。
凄かった。凄いポイントがたくさんあり過ぎて、感想書くのが面倒くさく感じるくらいすごかった。自分にとっては、衝撃的な芝居だった。・・・とはいえ、すごいすごい言っても、基本は電球色の灯りの中での、割とど真ん中ストレートプレイ。静かで緻密な会話だけで魅せる、演劇。
まず、イプセンの脚本凄いな…。社会科の授業で「イプセン=人形の家」で、割と点数ゲットしやすい項目だったので覚えていた。ただ「野鴨」って作品は全く知らなかった。観ていて、あーこんなすごい作品あるんだ、と思った。言葉にしてしまうと、ちょっと複雑に感じる物語だし、時代設定は古いままの作品だったけれど(劇中で明示されないけれど、1890年代?)、現代でも古くない、というか、通用しない点が殆ど無いという点。劇として展開されると、ストレートプレイ独特の前半の退屈さはあるものの、気が付くと傾倒して観入ってしまうような物語。上演台本は、演出の松本光生によるものとの事だが、原典からの翻訳なり変換の段階で成功しているのかもしれない。イプセンの原典に当たってみたい、という思いが産まれる。
描いているテーマが、あまりにも激しすぎる。
幸せだったヤルマール家。理想を追い求めるグレーゲルスの登場で、突然、真実を見せつけられて、その事で修復不能なまでに変ってしまう。レリング医師の「幻想というより、嘘という言葉があるのだから、その言葉を使おう。嘘が必要な人もいる。嘘があれば幸せという人もいる。」みたいなセリフが、とても重い。ヤルマールの生活は、父エクダルの面倒も含めてベルレに負い過ぎているわけだけれど、その幻想が崩れる事さえなければ、それはそれで幸福な訳で。真実が、必ずしも人を幸せにするわけではない。
とはいえ、グレーゲルスの理想を追い求める姿が「悪」という風に短絡的に描いているわけでもない。グレーゲルスが「悪」ならば、人は幻想の中で生きてれば幸せ、という単純な物語になってしまう。理想を追い求める事は、ある種の真実と対峙する事を迫られる。その度量が、勇気が、冷静さが、平衡感覚の目が、求められるという事でもある。割と冒頭に、ベルレがグレーゲルスに「ヤルマールは、お前が思うような男ではない」と告げるけれど、理想を追い求められるほど、強くはないのだ、という事を言っているように思う。もしそうなら、「嘘」の日常を見せてあげる方が、あるいはヤルマールにとっては幸せなのではないか、という部分も見えてくる。
巧妙なのは、そうやって上から目線な実業家ベルレでさえ、新しく選んだ妻セルビーは、実はかつてレリング医師とレズビアンとしての関係を結ぼうとしたことがある、という事を、知ったうえで、セルビーと結婚しようとしている事。要は、自らが向かう結婚生活、夫婦生活が、ある幻想の上に築かれている事を、初めから知っている訳で。この世界では、実業家…金持ちになるには、そういう現実感覚、あきらめつつも「嘘」に生きる事が必要なことであるようにさえ見えてくる。
野鴨(Wild Duck)という言葉を聞いたときに、私の中ではどうしても「飼いならすか、否か」というテーマを思ってしまう。一般的な言葉として野鴨は「飼いならすべき存在ではない」というイメージがある。IBMのワトソンJr、あるいはその原典のキルケゴールの話が有名。年代的に、イプセン(1828-1906)にとってキルケゴール(1813-1855)は、少し先輩というところか。
エクダルもヤルマールも、そして納屋に作った森にいる野鴨でさえも、「野鴨」とは名ばかりで、驚くほどに飼いならされている。飼いならした野鴨は、2度と森に戻る事はできない。ラスト、一度家に戻ったヤルマールは、「すぐに出ていく」と言いつつも、ギーナに出された熱いコーヒーにくつろいでしまう、。気が付けば、パンにバターを塗って、ノンキに美味そうに食っているヤルマールの姿がある。一度飼いならされたら、そこから抜け出すことは困難だ。納屋に行ったヘドビックは、結局は飼いならした「野鴨」を撃つことが出来ず、愛を求めつつ自決の道を選んでしまう。イプセンの書いたものが、キルケゴールの野鴨のイメージと同じかは定かではないけれど、そこに、誰かに飼いならされる事に対する悲哀みたいなものも見て取った。バターを塗りながら「ソファーでしばらく生活できないかな」なんて言っているヤルマールを見ながら、飼いならされるとはこんなに恐ろしい事なのか、などとも思う。
誰かに雇われて生きる、…ある種「飼いならされて」生きる、というのが当たり前の20前半~21世紀の今、誇り高い野鴨でいる事は、そもそも出来るのか…なんて事も、頭の中によぎった。実業家の金持ちベルレが登場するけれど、ことさら金が人を自由にする…とかいう表現ではなかった。なので、この感想は、どちらかと言うと私自身の解釈かも、だけれども。
…物語の解釈を書き連ねてしまったけれど。そんな緻密な会話劇。役者さん達の迫力というか、生き様みたいなのはものすごかった。物語に圧倒されて、一人一人の役者さんの感想を今書けそうにないので、ひとまず名前だけメモ。蒲田哲、井手麻渡、和田真季乃、石塚義高、石井俊史、千賀由紀子、葵乃まみ、円地晶子、松本光生。
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