<映画レポート>「秘密への招待状」
【ネタバレ分離】昨日観た映画、「秘密への招待状」の鑑賞レポートです。
もくじ
映画基本情報
タイトル
「秘密への招待状」
2019年製作/112分/G/アメリカ/原題:After the Wedding
配給:キノフィルムズ
キャスト
テレサ:ジュリアン・ムーア/イザベル:ミシェル・ウィリアムズ/オスカー:ビリー・クラダップ/グレイス:アビー・クイン/スーザン・ブラックウェル/ウィル・チェイス/エイサ・デイビス/アジー・ロバートソン
スタッフ
監督: バート・フレインドリッチ /製作:ジョエル・B・マイケルズ,ジュリアン・ムーア,バート・フレインドリッチ,シルビオ・ムラグリア,ハリー・フィンケル/製作総指揮:ニック・バウアー,ディーパック・ネイヤー,アンドレア・スカルソ,ピーター・タッチ,アリソン・トンプソン,マーク・グッダー,シッセ・グラウム・ジョーゼンセン,ピーター・オルベク・イェンセン,ウィリアム・バイアリー,ビル・クーニスベルク,マイケル・ケイトン=ジョーンズ,ジェフ・サックマン,デビッド・ブラウン/原作:スサンネ・ビア,アナス・トーマス・イェンセン/脚本:バート・フレインドリッチ/撮影:ジュリオ・マカット/美術:グレイス・ユン/衣装:アージュン・バーシン/編集:ジョセフ・クリングズ/音楽:マイケル・ダナ/音楽監修:ローラ・カッツ
公式サイト
秘密への招待状
(公開後、一定期間でリンク切れの可能性あり)
映画.comリンク
作品解説
2006年アカデミー外国語映画賞にノミネートされたデンマークのヒューマンドラマ「アフター・ウェディング」をジュリアン・ムーアとミシェル・ウィリアムズ主演でハリウッドリメイク。オリジナル版の男性2人主人公から女性主人公に設定が変更され、テレサ役をムーア、イザベル役をウィリアムズがそれぞれ演じる。
あらすじ
インドで救護活動に人生を捧げるイザベルと、ニューヨークでメディア会社を経営するテレサ。イザベルはテレサに自身の孤児院を支援してもらうため、ニューヨークを訪れる。「娘の結婚式ならゆっくり話ができる」というテレサから結婚式への招待を受けたイザベル。その式場でイザベルが出会ったテレサの夫はイザベルが過去に別れた恋人オスカーだった。さらに、新婦グレイスがオスカーとの間にできたイザベルの娘であることに気づき……。
満足度
(4.5/5.0点満点)
鑑賞直後のtweet
映画「秘密への招待状」
すごく良かった。久々に涙腺決壊しかけた。宣伝みておかしいな、とは思った。殆ど秘密ネタバレじゃん、と。後半、更に2段ぐらい深さがあって、うまいこと騙された。自立と恐れ。両面を描いた鋭い人間ドラマ。超オススメ! pic.twitter.com/eCl37sLxIb— てっくぱぱ (@from_techpapa) February 18, 2021
感想(ネタバレあり)
映画館で、上演前に流れる予告編のひとつとして、この作品を知った。予告を見て思ったのは「え、全編ネタバレ?これ以上の秘密があるの?」。予告編の中にサスペンス要素が全て詰まっているじゃないか。…それもあってむしろ「この先どう納めるのだろう」みたいなことが気になって、見てみる事に。前半50分くらいは、予告と同じサスペンスを丁寧に描くのだけれど、…気が付くと残りは、ガチヒューマンドラマ。いや、元々ヒューマンドラマを、宣伝の影響でサスペンスとして見てしまったのかもしれない。その裏切られ方が、嫌じゃなかった。前半、(見方によっては)サスペンスな要素からくる「誰が悪者だろう」的な心構えが良かったのか。もちろん、結局、誰も悪くない。ただ、責任と恐れの中で、必死に生きているだけ。その中で生きる人々の、自立と、恐れの感情への立ち向かう生き様の物語。
何だかいろんな感情が詰まっていた。
親になる事への恐怖。そこから、逃げたイザベル。グレイスが「離婚したい」とイザベルに相談する時、目の前にいるのは、子供から逃げた過去の自分自身を見ているのと同じ。だからこそ娘には、自分で選び取る事を促して、慰めて側にいる以外に、何もしない。何もしてあげられない。その態度に、「私を捨てたくせに!」と声を荒げるグレイスに、「ごめんなさい」というイザベラ。…なんだろ、あ、この人々は、本当に、本当に、誠実に生きているんだなぁ、というのがよく分かる。誠実に生きても、不幸な風が人生には当たる事がある。それに立ち向かう「自立」「勇気」みたいなものを持たないといけない。グレイスを捨てた後のイザベルの人生は詳しく描かれないけれど、そういった事を感じてきた、人生の重みみたいなものも感じられて。あのシーンはもう涙が止まらなかったのと。
テレサが、グレイスを知って呼び寄せたのか、知らずに呼び寄せたのか。ラスト近くに「どうやら知っていて呼び寄せたらしい」というセリフがあったけれど。全編を通して、そのあたりをあえてボカしていたように思う。サスペンスの観点だと「意図的に呼んだのか、偶然なのか」は大切だけれど、ヒューマンドラマの観点では、それは大した問題じゃないのかもしれない。自分の死期を悟った時、ありったけの出来る事をして、自分の死で周りが悲しまないように出来るのか。ぼかす過程、最初はイライラするのだけれど、むしろ、物語の焦点を作り出していたように感じた。問題はそこじゃねえんだよ、みたいな。
ラスト、オスカーに「死にたくない」と泣きつくテレサ。もうイザベラ見ているだけでも泣いてしまうのだけれど。夫のオスカーの態度が、とにかくすごい。受け入れられもしない、でも受け入れるしかない、でも俺も動揺している、でも側にいたい、抱きしめたい。そういう「迷いの中のありったけの勇気」みたいなものが、短いシーンなのに端的に表現されていて、見ていてあー、と唸り声を上げそうになってしまった。オスカーを演じてたのは、「ビック・フィッシュ」にも出ていたビリー・クラダップ。
テレサとグレイスは、実の親子ではないのに、死期迫る母にあそこまで泣く。ひるがえって、インドに戻った時、おねしょをしていたオットとイザベラの関係は、むしろ素っ気ないというか、普通の子供の反応。どちらも親子ではないのに、一体何が違うのか、みたいな、答えもなさそうな問いについて考える。年月だろうか、行動だろうか。イザベラにとっては、悲しいけれど、むしろグレイスを捨てた事に、やっと踏ん切りがついた瞬間だったのかもしれない。
細かい台詞一つ一つが練られていて。細かい違和感が、後半のヒューマンドラマに、パチリとハマる感覚。とてもいい映画だった。
他の人の感想を読んでいると、全編サスペンス要素から抜け出せていない感想がチラホラ。まあ、宣伝の影響だけれど、その理解は残念、っていうのが多かったのと。デンマーク映画のオリジナルの方が良かった、との評判多数。男女の設定が逆らしい。たしかに子供を「産む」っていう行為をしていない男の方が、ハマる部分もあるのかも。ちょっと見てみたい気もする。しかし、テレサ役のジュリアン・ムーアの力強さ、美しさが、とにかくよくて。この作品自体はそれで完結している、とも思う。よくよく調べると、監督はジュリアン・ムーアの旦那さんか。奥さんここまで美しく撮るの、愛情すごいな。