<観劇レポート>チリアクターズ「どんな顔すればいいの@焼跡」

#芝居,#チリアクターズ

【ネタバレ分離】昨日観た芝居、 チリアクターズ「どんな顔すればいいの@焼跡」の観劇レポートです。

公演前情報

公演・観劇データ

項目データ
団体名チリアクターズ
チリアクターズ10周年記念公演その2&第20回公演
どんな顔すればいいの@焼跡
脚本大島寛史
演出大島寛史
日時場所2022/10/27(木)~2022/10/30(日)
スタジオ「HIKARI」(神奈川県)

CoRich 公演URL

団体の紹介

劇団ホームページにはこんな紹介があります。

2009年、桐朋学園芸術短期大学同期の大島、上田、木村涼香らが中心となり結成。
2度のプレ公演を経て、2012年、「第3回これからよろしく公演」から
神奈川県小田原市を拠点に活動開始。

以降、年に2~3回ずつ本公演を行いながら、県内の様々な演劇祭などイベントに出演。
2014年12月に「第10回これから‵も’よろしく公演」を小田原市市民会館小ホールで上演。
これ以降、「地方公演」と称し、都内でも公演を行うようになり、活動範囲を拡大。
2015年には鹿児島で行われた「国民文化祭」に参加し作品を上演する。

2016年、短編演劇コンテスト「劇王神奈川Ⅴ」で優勝。
17年には「第2回神奈川かもめ短編演劇祭」に出場。最優秀賞と観客賞のダブル受賞達成。
18、19年「神奈川フェスティバル イン ハノイ」に参加。風魔忍者を題材にしたショーを
ベトナム・ハノイで上演。(構成・出演として参加)
21年「池袋ポップアップ劇場」に参加、「しらずのうちに」を上演。
22年、活動開始10周年を迎え、6月と10月にそれぞれ小田原と横浜で記念公演を予定。

「気軽に来られる、気楽に観られる」をモットーに大島の書くオリジナル作品を多数発表。
ジャンルを決めずに作品を作り続け、既成戯曲に挑むこともある。
ただいま、劇団員募集中。

チリアクターズ

過去の観劇

事前に分かるストーリーは?

こんな記載を見つけました

「お前な、末裔なんだよ、忍者の」
穏やかな朝、父が納豆を混ぜながら発した一言は、マイの日常を叩き壊すには十分だった。
今までの普通が音を立てて崩れていく。
困惑する彼女の前に現れたのは、青春時代の相棒『ダイユウザンセン』(伊豆箱根鉄道大雄山線)
運命から逃げて、行きたいところへ向かうんだ。何故か追ってくる謎の組織と天狗の軍団を退けて!
いつの間にか首から下げていた『カギ』をICカード乗車券代わりに走り出す。
『新しい巡り合わせと思い出』経由、『あの日の開けなかった扉』行き。

――そうしてたどり着いた場所でマイはひとつの決断を下す。

「私はずっと、こうしたかったんだと、思う」

ネタバレしない程度の情報

観劇日時・上演時間・価格

項目データ
観劇日時2022年10月29日
14時00分〜
上演時間120分(途中休憩なし)
価格2800円 全席自由

チケット購入方法

劇団ホームページからのリンクで、予約しました。
当日受付で名前を告げて、現金でお金を支払いました。

客層・客席の様子

男女比は5:5。様々な年齢層の客がいました。

観劇初心者の方へ

観劇初心者でも、安心して観る事が出来る芝居です。

芝居を表すキーワード
・シリアス
・笑える
・考えさせる

観た直後のtweet

満足度

★★★★★
★★★★★

(5/5点満点)

CoRich「観てきた」に投稿している個人的な満足度。公演登録がない場合も、同じ尺度で満足度を表現しています。
ここから先はネタバレあり。
注意してください。

感想(ネタバレあり)

ストーリーを、上手く書けない・・・のだけれど、強引に書いてみると。父から忍者の末裔だ、と言われたマイ。気がつくと、列車の旅に出ている。大雄山線と、敵の忍者たちと、バター侍と、「見ることを研究している」博士に、守ってもらったり襲われたり、しながら。かつて高校時代、文芸部で憧れていた先輩の住んでいる街に、列車はたどり着く。先輩は、その家から巣立つことなく、高校時代に筆を折ってから、ひとりで悶々としていた。その先輩とのやり取りと。マイの現実をめぐる、何らかの大きな出来事が見え隠れする・・・そんな物語。

2回目のチリアクターズ。前回は既成本で合わなかったけれど、今回はオリジナルなので何となく合いそうな気がして観劇。すごくお久しぶりな演劇を観た感覚。知ってる限りで近い劇団だと、「柿喰う客」テイストだったり、あるいは「第三舞台」テイストだったりする。時間の流れも空間の流れも一筋縄ではいかず、あっち行ったりこっち行ったり。でも、不思議と、物語が一つに繋がっている。物語の流れよりも、セリフ1つ1つの意味を捕らえていくような感覚。なんだか(いい意味で)懐かしい演劇を観た感覚で、気持ちが高揚。最近の芝居って、回想シーンとかは別にして、とても時間とか空間が直線的だよなーなんて事を、対照的なこの作品を観ていて、ふと思ったりする。

よくよく思い直してみると、この物語は「銀河鉄道の夜」だ。しかも、(おそらく)社会人として生きている主人公のマイが、何らかの挫折や絶望を経験し、それを乗り越えるために高校時代のナナ先輩に、(おそらく)想像の中で逢いに行く話。マイの挫折が一体何なのかは直接的には描かれなかったけれど(真正面に受け止めると、失恋・・・なのかもしれないけれど)、何らかの挫折をきっかけに心の旅をして、失ったものの意味を再度問い直す。「忍者の末裔」というのは、親との関係の中で、「容易に手放せない、背負っている特性」みたいなもの・・・銀河鉄道の夜でいうなら、ジョバンニがの貧乏とか、父親がそばにいない事に対応しているの、かも、しれない。「焼跡」で傷心のしている人の心に刺さるのだろうけれど、どこか、実在する女性に宛てた、癒しのための私的な手紙、のようにも思えてくる。

・・・と、銀河鉄道の夜に対応するような「物語の意味」を書き出してしまうと、とても真面目な話に見えるのだけれど、全編基本はコメディタッチ。深刻な話とは真逆に、軽いタッチで描かれるコメディ。「電車ゴッコ」のような大雄山線や、ギター侍ならぬ「バター侍」、敵の天狗のカップルが笑わせながら、全体としてとても小気味いいリズムで進んでいく演劇。ひとりの女性の想像の中を、テンポに乗せて、縦横無尽に描き切る感覚。細かい整合性よりも、感覚的に刺さってくるのが心地かった。